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ライジング! 第48回

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結局、スロットでは三万円スッてしまった。いや、出してもらったお金なのでプラスマイナスゼロではあるのだが……。やはり他人のお金でプレイしても、なかなか気分は乗って来ないしギャンブル特有のヒリヒリする感覚もない。
氷上は大きなため息をついた。空虚な数時間を過ごしただけになってしまった。遊んでいる最中だったのでどうでもよかったのだが、相談事があると言っていた夢岡も全く話しかけて来なかった。ただ何となく隣でスロットを打って、資金が尽きた頃に示し合わせて店を出てきただけだ。
外はすっかり夜になっていた。

「メシでも行きましょう。スロットに夢中になって相談事を話せなかったので」

夢中になっていた? 冗談じゃない。夢岡は氷上以上に、ダラダラとつまらなさそうにスロットを打っていたではないか。
氷上は夢岡の真意が分からず、彼の顔を睨みつけた。

「一体あんた何なんですか? 用事があるならここで言ってくれ。オレはもう帰る」

「まあまあ氷上さんそう言わずに。食事して、銀座のキャメロンにでも行きませんか? 靖香(やすか)ママも久々に氷上さんに会いたがってましたよ」

その名前を聞いて、氷上の眉毛がピクリと動いた。この夢岡という男は、一体自分のことをどれほど調べているのか……。
銀座のキャメロンは、氷上がITバブルで隆盛を極めていた時代に入り浸っていた高級クラブだ。靖香ママはそのオーナー兼ママで、氷上はいつもママを指名していた。
クライアントに連れていってもらったこともあれば、こちらが接待して行く日もあった。しかし、自分のお金では到底遊べないようなお店だ。仕事が下降線をたどっていくにつれて、氷上の足はキャメロンから遠のいていた。
きらびやかな店内で絶世の美女に囲まれ、貴族のように扱われる。高級クラブが醸し出す空気は独特で、他では味わうことができない。氷上は生唾を飲み込んだ。

「話を聞くだけだぞ」

数時間前にパチスロ店に入るときも、同じような言い訳をしたな。
氷上はそう思いながら夢岡の後をついて行った。

その日は結局キャメロンの営業終了まで飲み明かしてしまった。帰り際に夢岡が受け取った領収書を見ると、十八万円という数字が目に入った。シャンパンのボトルを入れていたので、ある程度は予想していたが、やはりすごい額だ。氷上の月給では、ポンと支払える額ではない。
氷上は自宅の布団に身を投げ出し目を瞑った。

「またいらしてね」

靖香ママの笑顔が目の前にチラつく。と同時に「また今度」と言ってさっさと帰って行った夢岡の顔も……。

(結局あいつは何を相談したかったんだ――)

まどろみの中でそう考えたのを最後に、氷上は眠りに落ちていった。

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この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。
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