
ライジング! 第56回
師も走るほど忙しいと言われている師走だが、出版社も師に負けず劣らず忙しくなる。年末年始は印刷所を含めた業界全体が休みに入るので、十二月前半に作業を前倒しして行うからだ。このスケジュールは〝年末進行〟と言われ、特に雑誌編集者はあわただしい時間を過ごすことになる。そんな中、二十日を過ぎた辺りから忙しさは一気に緩やかになり、年末年始は長期休暇を取りやすいのが週刊漫画誌編集部の特徴ともいえる。
そんな十二月の最終週、ヤングホープやグランドホープを含めた第四編集部の忘年会が行われることになった。普段お世話になっている漫画家の先生も呼ぶ、大々的な催しだ。
「忘年会だけど、タイヨーも参加で良いよな?」
打ち合わせ終わりで野島に言われ、松田は反射的に「はい」と返事をした。
「……でも、僕も参加していいんですか?」
松田が疑問を口にすると、小柴が何言ってるんだ、というような表情をした。
「当然でしょ。〝マンガホープ〟開発チームなんだから参加しなきゃ。当日は〝マンガホープ〟認知度アップ大作戦も敢行するからタイヨーも来ないと」
「何ですか、その大作戦って」
「それは言えない。当日のお楽しみだよ」
「先に教えておいてくださいよ~」
「い~やダメだね」
「やけにもったいぶりますね。まさか、まだ考えてないんじゃ……」
「考えてるわ! キミはたまに失礼なことを言うな、タイヨー」
「す、すいません! でもコシさんが教えてくれないから……」
その後も粘って聞いてみた松田だったが、結局作戦内容を聞かずに当日を迎えることになったのだった。
忘年会当日、会場の高級ホテルのホールで松田はウーロン茶を片手に歩き回っていた。立食形式で決まった席がないので、居場所は自分で見つけなければいけない。しかし、明確に知り合いといえる人がおらず、どこに行けばいいか迷っていたのだ。
すると背後から突然声をかけられた。
「何をウロウロしてるんだ」
振り向くとそこには久しぶりに会う大御所作家がいた。
「天神先生! お久しぶりです!」
天神は自宅で会ったラフな格好とは違い、オーダーメイドであろうグリーンのスーツをビシッと着こなしている。その存在感は圧倒的で、自宅で会った時よりかなり大きく見えた。元来がっしりとした体格の上にスーツの色も相まって、松田はハルクをイメージした。
「えっとキミはどこの子だっけ?」
天神の後ろにいた、やけに眼光の鋭い人物が松田をじっと見た。天神旭也の初代担当で、現在は第四編集部の常務、高津鉄人だ。意志の強い性格とその名前から、アイアンマンと陰で言われる名物社員である。
(ハルクとアイアンマンがそろっちゃったよ!)
アベンジャーズを前に松田はド緊張してしまい、頭が真っ白になってしまった。いつの間にか周囲の視線が松田に集まっている。高津の質問にこたえなければいけないのだが、セリフがなかなか出て来ない。
そんな彼に助け舟を出したのは、他ならぬ天神だった。
この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。