
ライジング! 第45回
松田が黙っていると、小柴はイスを回転させたまま「今日飲みに行くか?」と誘って来た。
「……今日はやめておきます」
松田は首を横に振った。誘いは有り難かったが、何となく一人で過ごしたい気分になってしまったのだ。
「そうか。飲みに行くのも遊びだぞ」
「すいません。気分じゃないので」
松田が再び断ると、小柴はイスを急に止めて立ち上がった。
「了解。タイヨーも根詰め過ぎるなよ。じゃあな!」
そう言ってカバンを持つと、松田に背を向けて歩き去っていく。しかし途中で体がふらつき、鉄製のロッカーに体を「ガン!」とぶつけてしまった。さんざん椅子で回ったのだから当然と言えば当然の結果だ。
背を向けていた小柴が、ゆっくりと振り向いた。
「……遊びすぎも良くないぞ」
まだ若干ふらつく体を引きずりながら、小柴は去っていった。
「遊び、か」
完全に納得はできないが、小柴の言い分にも一理ある気がする。
松田はもやもやした気分のまま会社を出て駅までの道を歩いていた。すると、遠くの方から「おーい」という声が聞こえてきた。まさか自分を呼んでいるわけじゃないと思った松田は、そのまま歩いていたのだが、「サンちゃ~ん!」と呼ばれたのであわてて声のする方を見た。
「ドリー……」
視線の先には、自分に向かって手を振る夢岡の姿があった。そして松田が気づいたと分かると、笑顔で駆け寄って来た。
「よう、サンちゃん。また会ったな」
少し息を弾ませながら、夢岡が言った。
「久しぶり……じゃないか。二週間ぶりぐらいだな。今日も仕事か?」
「まあそんな感じだな」
「しかしまたずいぶん遠くから見つけたな」
「視力がいいからな。そんなことより仕事終わったんだろ? 飲もうぜ!」
夢岡が飛びつくようにして、強引に肩を組んで来た。社会人になっても、学生時代のノリがなかなか消えない人はいるが、夢岡は正にそのタイプのようだった。
「ん~、今日はそんな気分じゃないんだよ」
ついさっき小柴の誘いを断った後ろめたさもあり、松田は拒否の姿勢を示した。しかし、一度断られたぐらいで挫ける夢岡ではない。
「なんだよ、なんか悩んでんのか? オレで良かったら聞くぜ?」
「そういうわけじゃないんだけど」
「じゃあいいじゃん! 行こうぜ!」
「ん~。でもなあ」
断りの言葉から、だんだん力が失われていく。そこで松田はふと考えた。そういえば自分が夢岡の誘いを最後まで断れたことは、今まで一度でもあっただろうか。
……無い。
焼肉屋に入って乾杯を済ませた辺りで、松田はその結論に達したのだった。
この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。