ライジング! 第31回
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ライジング! 第31回

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「よくやった! お手柄だ!!」

小柴はそう言うと椅子から立ち上がり、おもむろに松田の手を取ってブンブンと上下に振り始めた。

「昨日の今日で結果を出すとはな」

野島もそう言って松田の肩をバシバシ叩く。

「ちょ……なんなんですか!? 痛いです! 落ち着いてください!」

「これが落ち着いていられるか! あの天神旭也先生が、作品の電子化を許可してくれたんだぞ!」

その言葉をきっかけに、ヤングホープ編集部と、その隣のグランドホープ編集部からパチパチと拍手があがり、それはやがてスタンディングオベーションになった。特に藤本は力強く手を叩き合わせている。

「ええ……」

松田は訳が分からないまま、喝采を一身に浴びていた。何かのまちがいではないだろうか。今日自分は、サインをもらっただけなのに……。

その頃、天神は自宅のソファーに座り、小柴が自分の担当編集をしていたときのことを思い出していた。
小柴が担当になる前は作画的なスランプで、ネームはできているのにペンがなかなか進まず、原稿を何度か落としてしまっているような時期だった。そんな状況に当時の担当が精神的に参ってしまい、代わりに担当になったのが小柴だった。
前任が足しげく自宅に通って原稿を催促してきたのに対し、小柴は締め切り日に軽く電話してくるだけで「まだできていない」と言うと、それ以降はこちらが心配になるぐらい催促をして来ない男だった。後で聞いた話では、上司や印刷所に頭を下げまくり、締め切りを最大限伸ばしてもらっていたそうだ。そんなことも知らない天神は、締め切りをあまり意識しなくなり、伸び伸びと作画にいそしむようになった。当然原稿の提出は遅れまくった。そして何度か落とした週もあった。それでも小柴は、描くのを急かすようなことは何も言ってこなかった。
そんな感じで数か月が経った頃だろうか。珍しく原稿が通常の締め切りに間に合うことがあった。たまたまうまく行ったんだな……。そう思っていた天神だったが、次の週も、その次の週も締め切り通りに終えてしまった。特別なことをした覚えは一切ないのに、作画的なスランプをいつの間にか抜け出してしまっていたのだ。

「妙なヤツだったな……」

天神は小柴に感謝をしていた。その感謝を伝えたことが一度だけある。ヤングホープでの連載が終わり、グランドホープで新連載が始まることが決まったときだ。必然的に担当が変わることになり、小柴が最後のあいさつに自宅に来ていた。
互いに型通りの礼を言い合い、小柴が帰ろうとしたときだった。

「……世話になったマメシバ。お前はずいぶん、私をかばってくれたみたいだな」

「え? まあ、担当ですから」

「そうか……。とにかく助かったよ。何かあったら、今度は私が助けてやるから遠慮なく言ってくれ」

「本当ですか。覚えておきます」

小柴は笑いながらそう言って去っていった。その背中を見ながら、天神は「あいつは困ったことがあっても助けを求めて来ないんだろうな」と思っていた。そういう性格の人間だろうと、短い付き合いの中で感じ取っていたのだ。
だからこそ、今回のことは格好の恩返しのチャンスだった。松田という青年から小柴の名前を聞いたときに、自分が小柴の力になるなら今しかないと思ったのだ。
天神はタバコを一本取り出して火をつけた。そしてフィルターを前歯で噛みながらニヤリと笑った。

「借りは返したぞ、マメシバ」

人生で三本の指に入るほど、うまいタバコだった。

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この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。
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