
ライジング! 第46回
「さあ悩みがあったら聞かせてくれ。もしかして、このまえ話してたアプリのことか?」
網にどんどん肉を乗せながら夢岡が言った。彼にトングを持たせると、網の上でパズルでもしているのかというほど隙間なく肉を乗せるので、油断しているとすぐに肉が焦げてしまう。自分のペースで食べたい人には悪魔のような存在だが、食べることに専念できるので松田は夢岡のスタンスが好きだった。
早くも肉の焼けるいい香りがしてくる。
「ん~、上司と意見の相違があったっていうかなんというか」
「あ~、あるよな。分かるぜ」
分かる。この一言で松田は心の中のモヤモヤがさっと晴れていくような感覚になった。基本的に松田は一人で悩むタイプで、誰かに悩みを相談するようなことが少なかった。相談しないというより、できないのだ。だからたまにこうして強引に悩みを引き出され、共有してもらうと、ずいぶん気持ちが楽になるのだ。
「ロートルの意見はハイハイ言って聞いた振りしときゃいいのよ。相手はそれで大体満足するんだから」
焼けた肉を取り皿にひょいひょい置きながら夢岡が言う。
「ドリーみたいに器用にそんなことできないって」
「サンちゃんは顔に出るからな。それが長所でもあるんだけど」
共感しては時折褒める。夢岡は心のコリをほぐすのが上手かった。肉を焼くのは下手だが、人間誰にでも長所はあるものだ。
「落ち込むような話ばっかりしててもしょうがないぜ! それよりアプリの開発は順調に進んでるのか?」
「まあな。詳しくは言えないけど」
「なんだよサンちゃん。良い話なんだから、ちょっとぐらい聞かせてくれよ。楽しい話をしたら、気もまぎれるぜ」
夢岡は興味深そうに目を輝かせながら、松田のグラスにマッコリを注いだ。今日はいきなりボトルを頼んでいる。
松田は柄にもなく一気にコップを空にして、はーっとため息をついた。
「気はまぎれないって。上司との意見の相違ってのが、その仕事絡みなんだから」
「なるほどな。じゃあオレが判断してやるよ、上司とサンちゃんのどっちが正しいかを。詳細は省いていいから、大体どんなことがあったか話してくれよ」
気づくとまたグラスにマッコリが並々と注がれていた。今日は肉を焼くペース以上に酒を注ぐペースも早い。ボトルはみるみる目減りしていく。
松田は早くも良い気持ちになっていた。疲れているときは不思議と酔いが早く回る。
「じゃあまずプロジェクトに参加してくれるプログラマーの話をするから、その人のことを評価してくれ!」
「分かった」
良い気分のまま、松田は氷上のことを喋り出した。
この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。