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ライジング! 第7回

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野島はそのまま帰り、家の方向が同じだった小柴と松田は、帰り際に銀座の〝惑(わく)〟というバーに来ていた。

席はカウンターのみで、ポマードでキッチリ固めた、いかにもバーのマスターがしそうな髪型をした男性が、白シャツに蝶タイにベストという、いかにもバーのマスターがしそうな格好で立っている。

(これでシェイカーでも振り出したら完ぺきだよな)

松田がそう思っていると、お客さんから注文が入ったようでマスターがシェイカーを振り出した。

あぁ、バーに来た。
当たり前すぎるバカみたいな感想を持った松田は、小柴に聞いてみた。

「よく来るんですか?」

「いや、初めて」

「えっ……そうなんですか」

「うん。店の前は通ったことがあって、いい感じの佇まいだから、目は付けてたんだけどね」

「もし変な店だったらどうするんですか」

声をひそめる松田に、小柴はこともなげに答えた。

「そのときはそのとき。失敗したぜ……で終わり。何でも飛び込んでみなきゃ。飛びこめる人間は強いぞ」

「はぁ」

松田が気の抜けた返事をした時、マスターが「何になさいますか?」と注文を聞きに来た。遠くにいたときは勝手なイメージで五十代ぐらいだと思っていたのだが、よく見ると若いマスターだった。三十代だろうか。落ち着いた雰囲気のイケメンだ。

「なんかインパクトのあるやつが飲みたいな」

小柴のリクエストに、若マスターは背後の棚からひょいっと一本のビンを取りあげた。

「アイラモルトはご存知ですか?」

「それ何だっけ?」

「スコットランドのアイラ島で作られたシングルモルトです。独特のピート香が特徴で、好きな人は好きになるクセの強いお酒です。何種類かあるんですが、こちらのアードベックなどいかがでしょうか」

「じゃあそれを。飲み方のオススメはあります?」

「初めてでしたら水割りかソーダ割りがよろしいかと」

「じゃソーダ割りで」

松田は無難にビールでも飲もうかと思っていたのだが、小柴とマスターのやり取りを聞いているうちに、アイラモルトの味が知りたくてたまらなくなっていた。

「お客様は?」

「アードベック、ソーダ割りで」

「かしこまりました」

マスターが作業を始める中、松田は小柴に言った。

「すいませんマネしちゃって。なんか味が気になっちゃって」

「それは良い好奇心だ。これもいわゆる飛び込みだよ。なんでも経験してみなくちゃな」

ほどなく運ばれてきたアードベックのソーダ割りを、二人はほぼ同時に啜った。そして同時に顔をしかめた。

「うへぇ、こりゃ確かにクセがある!」

「ですね。正露丸に似た香りだな……これ全部飲めるかな」
松田はそんな不安を抱きながらも、自分がこのお酒を好きになるような予感がしていた。

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この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。
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