ライジング! 第84回
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ライジング! 第84回

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「もしもし」

『あ~ザブちゃん? 今日って遅くなるんだっけ?』

電話の相手は妻の亜沙美(あさみ)だった。彼女は小柴の下の名前である健三郎から一部を取り、小柴のことをザブちゃんと呼んでいた。

「今日は遅くなるよ。言ってなかったっけ?」

『聞いたかもしれないけど、思い出すより、もう一回聞いた方が早いと思って』

「なるほどね。ちなみに〝マンガホープ〟はもうダウンロードしてくれた?」

『まだ。漫画読みたくなったらダウンロードしようと思ってたけど、今日はそんな気分にならなかったなあ』

「え~。旦那が頑張って作ったアプリなんだから、ちゃんとダウンロードしてよ」

『ザブちゃんだって私が頑張って作った晩御飯食べなかったことあるじゃない。結局私たちは似たもの夫婦で、お互いに相手の頑張りなんかどうでもいいのよ。諦めましょう』

「諦める方向!?」

結婚して十年は経つが、小柴は未だに亜沙美の言動に驚かされることがあった。独自の感性を持っている……と言えば聞こえはいいが、小柴的にはぶっ飛んでいると言ったほうがしっくりくる。そのため、会話していて飽きることがないのだ。

『そんなことより大変なの! 今年は軒先にツバメが巣を作りそうなのよ! 今日ツバメの夫婦がうちの軒先を下見に来てて、ここにしようかって会話をしてる風だったの』

「そうか。去年は来なかったもんな。一昨年と同じ夫婦かな?」

『見た目は一緒だったわよ。……ツバメの見た目なんて、どれも一緒だけど』

亜沙美の言い草に小柴は思わず笑ってしまった。

『笑いごとじゃないわよ。巣作り始まる前にフン避けのストッパーみたいなやつ設置してね。今週末は忙しくなるわよ』

小柴としては〝マンガホープ〟の今後のことで頭がいっぱいだったのだが、新たなミッションを与えられてしまった。それでも何故か、亜沙美と会話しているうちに、かなり心が落ち着いてきた。

「わかった。今週末はホームセンターに行こう」

仕事以外の予定があるのは良いことだ。自分にもちゃんとプライベートがあるのだと認識できる。

『じゃーね』

亜沙美はそれだけ言うとさっさと電話を切ってしまった。小柴は無音に戻ったスマホを耳に当てたまま「よし」と一言呟くと会社に戻って行った。気分はずいぶんと上向いている。

「戻ったぞ~!」

元気よく編集部に戻ると、小柴の姿を見て全員が首をかしげた。代表して野島が問いかける。

「コシさん、買い出しは??」

「あ、忘れてた!」

「買い出しに行って買い物忘れるって、どういうことですか!?」

一斉の大ブーイングに見舞われ、小柴は思わず言い訳をした。

「ほ、ほら、会社出てすぐの交差点って信号長いでしょ? だから諦めて引きかえして来ちゃったんだよ」

「確かに長いですけど、諦めて戻るほどじゃないでしょ」

「う、うるせえ! やいのやいの言うんじゃない!」

そう言いながら踵を返すと、小柴は再び買い出しに向かうのだった。

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この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。
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