
ライジング! 第40回
業界でも名の通った開発会社、Eセサミ。その開発室で、プログラマーの氷上拓也はパソコンに向き合っていた。
「……ったく、また失敗かよ」
彼は働いているわけではなかった。パソコンに内蔵されたカードゲーム、ソリティアを暇つぶしでやっているのだった。景気のいい時は一日中机にかじりついてプログラミングを打ち込んでいたのだが、最近は同業他社の台頭もあり、時間を持て余すことも多かった。
氷上拓也といえば、一昔前までは売れっ子の一流プログラマーだった。使いやすくて綺麗なプログラムを組むと評判だったのだが、IT業界は数年で目まぐるしく変化をした。時間をかけてしっかりプログラムを組む氷上のやり方は、次第に主流から外れていったのだ。しっかりじっくり作るよりも、とりあえず動くものを、とにかく早く。一番に求められたのはそれだった。
それでも自分のやり方を変えなかった職人気質の氷上は会社で孤立し、次第に仕事が減っていった。精神的に追い詰められた氷上は、酒とギャンブルに逃げた。結果的に妻とは離婚し、氷上はますます自堕落な生活を送っていた。
(そろそろ帰るかな)
定時が近くなって帰り支度をしていた氷上のポケットの中で、スマホが「プルルルル!」と音を鳴らした。作業部屋では原則マナーモードにしておくように言われているが、めったに電話がかかって来ない氷上はそれを無視していた。「チッ」と舌打ちする社員をにらみつけ、氷上がスマホの画面を見ると、そこには懐かしい名前があった。
(一体オレに何の用だ……)
氷上は眉をひそめながら通話ボタンをタップした。
「もしもし氷上です」
「ああ氷上さん! お久しぶりです。菅です」
氷上に電話してきたのは、ナノ&ナノの菅だった。同業者ではあるが、ナノ&ナノは様々な業種にグループがある大会社だ。下請けとして、Eセサミのような会社に仕事を発注することはよくあることだった。そういった経緯から、かつて氷上は菅の依頼でアプリ開発をした経験があった。しかしそれも数年前の話だ。
「お元気でしたか、氷上さん!」
「ええ。元気ですよ」
菅の声を聞いていると、氷上も景気のよかった時代のことを思い出して、自然と張りのある声になっていた。
「ご無沙汰になってしまってすいません。ちょっと仕事のお話があるんですが、食事でもしながらご相談したくて。今夜って空いてますか?」
「大丈夫ですよ!」
即答してしまってから、氷上は「しまった」と思った。もうちょっと、間を置いて返事したほうが良かっただろうか……。これでは暇なのがバレバレだ。
「良かった! お忙しいのにすいませんね」
「……いえ。いいんです」
忙しくなんかねーよ、という言葉をグッと飲み込んで氷上は答えた。悪気のない菅に突っかかっても仕方がない。時間と店の場所を聞いて電話を終えた氷上は、小奇麗な服に着替えるために一旦自宅へ戻ることにした。
この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。