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ライジング! 第35回

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今日のお造りは、カンパチとマグロだった。
刺身自体も当然美味しいのだが、この〝若林〟は醤油にも特徴があった。一見普通の醤油なのだが、何かダシのような風味がするのだ。以前小柴はお母さんに「これ何か入ってる?」と聞いたら「ええ、入ってますよ」と言われたのだが、何が入っているのかは企業秘密だといって答えてもらえなかった。
小柴は旨みの正体を知りたくて、毎回刺身を注文しては醤油をペロっと舐めているのだが、一向に答えは出ないままだった。

「大根のいいところ使ってるから、ツマも食べてくださいね」

お造りの下にしかれた、細くて透き通るような大根のツマ。お母さんは毎回、それも食べるように勧めて来る。実際そのツマは美味しく、小柴はシソの葉でツマと刺身をくるんで食べるのが好きだった。
二本目のビールを飲み干し、刺身の皿をきれいにしたところで、娘さんがカウンターの向こうから微笑みかけてきた。

「カレースープ飲まれますか?」

〝若林〟のシメは、熱々のカレースープだと相場が決まっていた。お腹に余裕がある人は、ご飯を注文してもいい。このカレースープとご飯こそが、この店最大の名物だという人もいる。小柴は「ください。ご飯も」とセットで注文をした。

「は~い」

娘さんがそう頷くのと同時に、ダイちゃんが「コッシーに芋の水割りを。おれから」と、お酒を注文してくれた。ベロベロに酔っていても、奢ってもらった分は必ず返してくるのがダイちゃんだった。しかも欲しいタイミングで、飲みたい酒を選んでくるあたりが心憎い。

「ありがとう」

「お互いさまだよ」

酒を飲むと、自然と人となりがにじみ出てくるのだろうか。じっくりと長時間会話しなくても、同じ空間で飲んでいるだけで、何となく相手の趣味嗜好が伝わって来る。

(これも飲みニケーションの良いところだよな)

小柴がそんなことを考えていると、お母さんが「お熱いので気をつけてね」とカレースープを持って来た。スパイシーで食欲のそそる香りが脳天を直撃した。一気にグイッと飲みたくなるほど魅惑的な香りなのだが、それは決してやってはいけない。出されてすぐは、もうとにかく熱いのだ。そしてスープが濃厚なので、冷めるスピードも遅い。湯気の勢いが落ち着くまで、ゆっくり待つのが吉だ。
じっとカレースープの湯気を見ていると、小柴は何だか気持ちが落ち着いてきた。
何だかんだで良い日になったな……。
そんなことを思う小柴だった。

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この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。
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