
ライジング! 第18回
「た、高津常務に知られたら、コシさんも叱られますよ!」
「いや、私のロジックには理がある。こういう場合は、高津さんもそこまで怒らない筈だ」
「本当ですか……」
「本当! なにせ高津さんは、私が新入社員として入ったときの直属の上司だからね。あの人の考えていることは、手にとるように分かる。あえて自分の言葉にスキを作って、編集部以外の人が天神先生に電子化のお願いに行けるようにしたんだ。たぶん恐らくきっと、そんな気がしなくもなくなくない」
「どっちなんですか結局!」
松田が小柴と言い合っていると、じっと話を聞いていた野島が軽い調子で割って入って来た。
「ま、ダメ元で行ってくれないか。天神先生には会いたいんだろ?」
「それはそうですけど……」
「グランドホープの担当に顔をつないでもらうから、よろしく頼むぞ」
話をまとめるように野島に言われ、松田は頷かざるを得なくなった。今一度手元にある『ブレイブチェーン』を見てみる。一つの襷を繋いでいく、駅伝の物語。いま自分は、とんでもなく重い襷を受け取ってしまったのかもしれない。
その日の夜は、小柴の「カラオケ行くぞ」の一言で、三人連れ立って新宿に来ていた。
「なんでカラオケに? しかもわざわざ新宿まで」
松田が疑問を口にすると、小柴は「他の用事もあるんだよ」とだけ言ってタクシーに乗り込んだ。
小柴が運転手に告げた目的地に着き、松田は車を降りた。しかしいくらあたりを見回しても、カラオケ屋らしきものは見当たらない。ただ黒い壁があるだけだ。
「これ場所まちがってません?」
キョロキョロしながらそう言う松田だったが、急に背後から声が聞こえてきた。
「お待ちしておりました」
「うわっ! びっくりした!」
松田が声のした方を見ると、一流ホテルのボーイのような男性が立っていた。背後には壁しかなかったのにいつのまに……と思ってその壁を見ると、一部がドアになっているようだった。そのドアから男性は出て来たのだ。そしてよく見ると、壁にはドアがあるだけでなく、お店の名前も書いてあった。
〝Quebec(ケベック)〟
というのがこの店の名前らしい。黒い壁に黒い文字で書いてあるので、目を凝らさなければ読むことができない。一体なぜこんなことを……。気になった松田が質問しようとしたのだが、小柴と野島は慣れた様子で店内に入って行ってしまった。
「どうぞ」
残された男性店員に促され、松田もドアをくぐってお店へと入る。そこに広がっていたのは、驚くべき光景だった。
この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。