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ライジング! 第74回

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その日、松田は緊張の面持ちで出社していた。 
ついに、ついに青年誌初の漫画アプリ〝マンガホープ〟がリリースされる日になったのだ。一度は延期したものの、その後はスケジュールの遅れも出ずに、なんとか当初から二週間遅れでのリリースにこぎつけた。何でも、菅がEセサミに毎日のように通って作業の状況を確認していたようだ。
松田はデジタル開発部の自席に着き、そわそわしながら時計を見た。十一時三十分。あと三十分で〝マンガホープ〟が世に出るのだ。少し早い気もしたが、松田は五階のヤングホープ編集部へ行くことにした。リリースの瞬間は一緒に迎えようと、小柴や野島と相談していたのだ。
編集部へ行くと小柴がさっそく松田の姿を見つけた。

「おータイヨー。緊張してるか?」

「そりゃしますよ。でもそれ以上に楽しみです」

「そうだな。ここまで苦労したからな」

松田が小柴から呼び出され、一緒に漫画アプリを作るぞと言われてから二年以上が経っていた。当時の自分は、仕事で大きなミスをして部内で干され、完全に腐っていた。そんなときに小柴に声をかけてもらい、紆余曲折を経て今に至るのだ。感慨深くなった松田は、少し涙ぐんでしまった。
それを目ざとく見つけたのは野島だった。

「なんだタイヨー、泣いてるのか?」

「な、泣いてないですよ! 目にゴミが入っただけです」

「言い訳が古いな。まあいい、その辺に座って待っとけ」

松田は近くの椅子に腰かけ、その辺にあった雑誌をパラパラめくった。しかし頭の中は〝マンガホープ〟のことばかりで、内容が全く入って来ない。たまらず時計を見ても、針はほとんど進んでいない。時間の流れが異様に遅い気がする。
小柴も同じような気持ちなのか、さっきから何度も席を立っている。

「またトイレですかコシさん?」

「いや、コーヒーでも飲もうと思って。タイヨーもいる?」

「そうですね……っていうか、僕が入れてきますよ」

松田は小柴を座らせて自分は廊下に出て、簡易打ち合わせスペースの横にあるコーヒーメーカーのボタンを押した。ウィーンという音と共に、前面に取り付けられたフタがパカッと開く。そこにコーヒーの粉がパッキングされている丸い袋をセットしてフタを閉じると、即座にコーヒーが抽出されるのだ。各階に同じものが備え付けてあるので、操作は慣れたものだ。しかしこの日はコーヒーメーカーの調子が悪く、何度フタを閉めても再びパカッと開いてしまう。

「おっかしいな……」

何度もチャレンジしていると、異変を感じたのか雑務を行うバイトの子が「どうされました?」とやって来た。

「これちょっとおかしくて。故障かも」

「そうなんですね。僕から業者さんに連絡しておきます」

「よろしく~」

故障は業者に任せるとして、小柴のコーヒーは何とかしなければならない。松田はそこではたと思いつき、三階に行ってコーヒーを淹れた。各階にあるので、なにも五階のマシンにこだわる必要はなかったのだ。しかし、三階から五階に戻るエレベーターの中で思った、すぐ下の四階のマシンを使えばよかったな……と。
五階へ戻ると、野島が何かを探すように廊下を駆けまわっていた。

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この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。
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