
ライジング! 第64回
「報告が順調すぎるんだよ」
「順調……過ぎる?」
「うん。今回みたいな大きなプロジェクトの開発って、進めていくうちに一つや二つぐらい、順調じゃない部分が出てくるもんなんだよ。でも今回はそれがない」
「良いことじゃないですか。何の心配もしなくて良いですし」
「最後まで行けばね。……でも今日の打ち合わせの最後に、管理ツール周りの開発の遅れが発覚したでしょ。それが妙に気になるんだよな」
そう言って小柴は生ビールをゆっくりと飲んだ。
「たぶんだけど、近いうちに、大きな判断を下さなきゃいけなくなる気がする」
「大きな判断……って?」
松田が恐る恐る質問をすると、小柴はしばらく黙ってから急にニカッと笑った。
「……まだ言葉にするのはやめておこう! 言霊ってのはあるからね実際」
そうこうしているうちに、一品目の刺身がやって来た。店員さんがお皿を置きながら説明をしてくれる。
「アジとマグロとクジラです。クジラは専用のお醤油に、お好みで薬味を添えてお召し上がりください」
「へえ、クジラ」
「クジラを見ると『浅草キッド』を思い出すよな」
「芸人さんの?」
「いや、歌の方。知らない?」
「クジラで歌といえば『くじら12号』ぐらいしか浮かばないです」
松田はジェネレーションギャップを感じながらクジラを口に入れた。魚というよりは肉に近い食感で、独特の風味に甘い醤油と薬味のネギや生姜がいい香りづけになって、かなり食べやすかった。
「クジラって旨いんですね」
「うん。何が良いって、この甘いたれにつけて薬味を添えるって食べ方だよな。普通の醤油じゃいまいちだなって感じてからここに至るまで、かなりの試行錯誤があったんだろうな」
「日本人の食への探求心は恐ろしいですね」
そうこうしているうちに、注文した料理が次々に運ばれてきた。ポテトサラダにオニオンスライスに鶏の塩焼き。この後にはハムカツと豚の生姜焼きも控えている。
「油断してるとカウンターに乗らなくなるから、どんどん食べよう」
小柴に言われ、松田はどんどん箸を進めた。
ポテトサラダはあらびきコショウが入っているものだった。全体的には落ち着いた味で、ほんのすこ~し醤油を垂らしても美味しい。
ハムカツは添えてあるカットレモンをしぼって、ソースをたっぷりかけて食べる。ハムの旨みに加え、酸味も塩気も甘みも感じて絶品だ。
オニオンスライスで口をサッパリさせた後は、皮がパリパリの鶏の塩焼きをあてにビールを一口。タンブラーはいつの間にか空になっていた。
この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。