ライジング! 第116回
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ライジング! 第116回

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夢岡を殴打した氷上は、裏工作のことは一切口外しないことを条件に、不起訴処分になっていた。しかし、Eセサミの社内での彼の評価は地に落ち、ついに何の仕事も与えられず、給料が大幅カットになってしまっていた。
作業室にいてもつらい氷上は、受付近くの休憩スペースで時間を潰す日々だった。そんなある日、氷上は視界の隅に懐かしい顔を発見した。

「菅さん!」

大声で叫んで駆け寄った氷上は、立ち去ろうとする菅の手を掴んだ。

「待ってください!」

「なんですか氷上さん。今日は御社との裁判絡みで伺ったんです。私と親しく話していると、周りから変な目で見られますよ」

「いいんです菅さん」

そう言うと氷上はその場で膝をついて頭を下げた。

「菅さん、その節は申し訳ございませんでした!」

受付の女性が自分の方を見ているのが分かった氷上だったが、もはやプライドなど気にしていられなかった。

「やめてください氷上さん。そんなことをされても、もう遅い。……遅いんですよ」

悲しそうな表情をした菅は、氷上の腕を持って彼の体を引っ張り上げた。それを好機と見た氷上は、菅の耳元で懇願する。

「菅さん、Eセサミはもう終わりです。御社との裁判に負けたら、もう会社を続けていく体力は残らない。なのでどうか、自分がナノ&ナノに入れるように取り計らっていただけませんでしょうか。何でもするので、お願いします!」

「遅いと言っただろ」

氷上は菅の声を聞いて愕然としてしまった。彼の声が、今まで聞いたことのない冷たい声色だったからだ。

「氷上さん、私の気持ちも知らずによくそんなことが言えましたね。……私は、私は最初からそうするつもりだったんです。かつて私を助けてくれたあなたに報いるために、〝マンガホープ〟の仕事が終わった暁には、我が社へお誘いするつもりで……それなのに……」

悔し涙を浮かべ、菅は上司に言われたことを思い出していた。

『今回の裁判で我が社が勝てば、Eセサミは十中八九倒産する。ウチもプログラマーが不足して来たから、めぼしい人間がいたらウチにスカウトしろ』

その言葉に、菅は力なく「はい」と返事をしていた。そして今、そのとき感じて心の中で思ったことを今、氷上を前に口に出した。

「もう、遅いんです……」

しぼりだすように放った一言で、氷上は魔法がかかったようにその場に固まってしまった。もうどうやっても菅を説得するのが不可能だと理解したのだろう。

「では」

そんな氷上と、自分の中の未練を置き去りにするように、菅は一度も振り向かずに早足でその場を去っていった。

用事を済ませ、Eセサミを出ようと菅が歩いていると、ふらふら歩く青年と肩がぶつかってしまった。体格的には劣っていた菅だったが、吹っ飛んだのは相手の青年の方だった。

「大丈夫ですか!?」

心配になって声をかけた菅に、相手の青年は罰の悪そうな笑顔を見せた。

「ごめんなさい、ぼーっとしていて……お怪我はありませんか?」

その声を聞いた瞬間、菅は頭に何か引っかかりを覚えた。どこかで聞いたことがある声……しかも、印象に残るような場面で聞いた声だ。顔に見覚えはない。一体どこでこの青年の声を聞いたのか……。

「あの……どうかしましたか?」

じーっと自分を見つめる男を不審に思ったのか、青年は菅にそう質問してきた。

「いや、なんでも。……ちなみにキミ、私とどこかで会ったことありますか?」

「いえ、初対面かと思いますが」

「本当ですか?」

「はい」

「絶対に?」

「絶対に」

このセリフを聞いた菅に衝撃が走った。ようやく声の主が誰なのかに気付いたのだ。
そう、この青年は〝マンガホープ〟ローンチ翌日に菅に電話をかけてきた人物だ。その時の言葉を、菅は思い出していた。

『要件だけ言います。〝マンガホープ〟ですが、絶対にメンテは入れないで下さい。絶対に!』

メンテナンスに入れば、一生抜け出せなかったであろうことは、後に判明した。このときの電話が無ければ、〝マンガホープ〟はメンテナンスに入り、そのまま終わっていただろう。つまり目の前にいるこの青年は、〝マンガホープ〟の窮地を救った青年だ。

「キミ、名前は?」

「郡家です」

「郡家くん、転職に興味はありますか?」

菅は笑顔でそう言い、自分の名刺を差し出した。

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この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。
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