
ライジング! 第54回
(そうだ……そうだよ!)
松田は確信した。
きっと野島は、待つことの楽しさを教えてくれたのだ。
ついさっき自分は、ローンチ日が迫って来る心境を「導火線に火がつけられて、爆発するのを待っているようだ」と言った。待っているのが破滅だと決めつけてそう言ったのだ。しかし、本来開発者にとってアプリローンチ日は、楽しみな日であるはずなのだ。
野島はそれを思い出させようと、行列に並ばせたのではないだろうか。
「次、四名様どうぞ~」
また自分たちの順番が近づいた。店の入り口に向けて一歩踏み出すと、お腹がギュルルルと鳴ってしまった。
「なんだタイヨー、腹減って来たのか」
「へへ……出汁の香りをかいでたら、だんだん減ってきました」
「いいぞいいぞ。そういやお前、きつねうどんしか注文してなかったよな。腹減ってるなら何か追加で注文しとけよ」
「いいですかね? 何かオススメあります?」
「かしわ天は行っとけ。ここのは特別うまいぞ」
野島に言われ、松田は店員さんにかしわ天を追加注文し、きつねうどんも大盛りにしてもらった。空腹感と期待感が、さらに増していく。このワクワクを、野島は自分に体感させたかったのだろう。
「野島さん、ローンチ日を怖がるなんて、僕がまちがってました」
「ん?」
「楽しみに待ってるユーザーもいるし、〝マンガホープ〟自身も早く世に出たくてウズウズしてる筈ですもんね! 自分も今日からは、楽しみに待つことにします!」
「……そうか。そりゃよかった」
野島は首をかしげた。今日のタイヨーは、お腹がいっぱいになる前に元気になってしまった。さっきはあれほど深刻そうだったのに、もうテンションを持ち直している。
ちょっと松田を不気味に思う野島の気も知らず、松田は目を輝かせて店内を見ている。
「もうすぐっすよ、野島さん!」
松田がそう言った直後、会計を終えた客が店外に出てくる。
「お待たせしました、二名様どうぞ~」
ついに自分たちの順番が来た。
店内に入ると、熱気と出汁のいい香りが同時に襲ってくる。そして案内された席について間もなく、注文した品がやってきた。きつねうどんとかしわ天。
松田の目に最初に飛び込んで来たのは、大きな油あげだった。まるで器に蓋をするように麺の上に覆いかぶさっている。その上に小さな山を作っているのは、細かく刻まれた薬味ネギだ。油あげをつまんでそっとめくると、ようやくうどんが見えた。ツヤツヤと光沢を放ち、器の中で綺麗に同じ方向に並んでいる。別皿で出てきたかしわ天は、ささみを揚げた細長いものを想像していたのだが、実際に来たのは丸い塊だった。
この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。