ライジング! 第34回
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ライジング! 第34回

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ダイちゃんは、小柴がこの店で知り合った常連仲間だ。年齢は七十代くらいで、いつも定位置の奥の席でひっそりと飲んでいる。小柴が最初に会ったときは、うす暗い店の奥で茶色い服を着てニット帽をかぶり、小さな体をさらに縮こまらせ、ほぼ体を動かさずにそっと飲んでいた。視界の隅でしか捉えていなかった小柴は、最初は店の備品のワインセラーか何かだと思っていたぐらいだ。

「お母さん、ダイちゃんに何か一杯」

「いいの? いただきま~す」

ダイちゃんの口癖は「人からもらった酒が一番うまい」で、奢られるのが大好きなのだ。一方で人に奢るのも好きで、小柴とは互いにお酒を奢りあう仲だった。

「ダイちゃんちょっと飲み過ぎじゃない?」

「大丈夫だ! コッシーの酒を断っちゃ男が廃る! 麦をロックで」

「はいはい、ただいま」

この店では何百回と繰り返されたやりとりだ。予定調和過ぎる会話だが、小柴にはそれが心地いい。

「さて、今日は何があるのかな……っと」

小柴はカウンターから一段上がったテーブルを見た。そこには蓋つきの大きなガラス製の容器があり、中には料理が入っている。ほうれんそうのお浸し、ポテトサラダ、大根の煮つけ、白滝の明太子和え、高野豆腐、揚げの煮浸し、キュウリと食用菊の酢の物……などなど。どれも気取った所のない家庭料理なのだが、味は高級料理に引けを取らない。季節や日によってもメニューも微妙に変わるので、小柴はこのテーブルを眺めるのが好きだった。

「お母さん、適当にお任せで……あ、でも一品目はアレで」

「はぁい」

お母さんは返事をすると、さっそく小柴の指定した料理を小皿にとりわけ始めた。

「どうぞ~」

小柴が最初の一品に選んだのはポテトサラダだ。人にはそれぞれ「メニューにあると必ず注文するもの」があると思うが、小柴の場合はそれがポテトサラダなのだ。どこで食べようが同じ味だと思われるかもしれないが、意外に店によって個性がある。ポテトの種類や崩し方、入っている具材にマヨネーズの分量。そして隠し味的に入れる調味料の存在。単純に見えて奥深く、意外に手間がかかるのがポテトサラダなのだ。

「いただきます」

〝若林〟のポテトサラダは、〝サラダ〟の名にふさわしく、野菜がたっぷりと入っている。レタスやキュウリにラディッシュ。シャキシャキ系の野菜とポテトをしっかり混ぜて作られており、野菜のうまみがポテトに上手く絡んでいる。空っぽの胃袋にスッと優しく入っていくような一品だ。
優しいポテトサラダのあとは、甘いあぶら揚げのお浸し、酸味の効いた酢の物、酒のあてとしてイクラの醤油漬けとイカの塩辛も出てきた。どんどん出てくる料理を平らげつつ、小柴がビールをグイグイ飲んでいると、お母さんがお刺身を持って来た。

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この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。
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