見出し画像

ライジング! 第23回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ

松田が藤本と共に応接室に通され、立派なソファーに座って数分後。ジャージ姿の老人がぬぼーっと入って来た。天神旭也だ。作業中は常にジャージを着ているという話を知っていた松田だったが、実際に目の当たりにすると、あまりのラフさに少し面食らってしまった。コミックスの著者近影では、洒落たスーツを着ていることが多いので、松田の中では「天神旭也=フォーマル」というイメージなのだ。

「お疲れ様です」

藤本がスッと立ち上がって挨拶をしたので、松田も慌てて後に続いた。

「お疲れ様です!」

「電話でも言いましたが、こいつは後輩の松田太陽です。今日は話があるとかで、一緒に伺わせていただきました」

「デジタル開発部の松田太陽です。あの――」

松田が言葉を続けようとするのを手で制して、天神はバリトンボイスを応接室にひびかせた。

「まずは原稿の話をさせてもらうよ。キミとは後で話そう」

「は、はい!」

松田の返事を受けて軽く頷いた天神は、手に持った原稿を藤本に差し出し、二人の正面のソファーに腰を沈めた。原稿を押し頂くように受け取った藤本は「失礼します」と言ってソファーに座り、すぐにそれを読み始める。
松田もソファーに座り、そっと天神の方を盗み見た。
年齢は六十四歳だと聞いているが、それよりも上に見える。年老いて見えるということではなく、貫禄があるのだ。背は高く体格には恵まれているのだが、頬は少しこけている。そして鋭い眼光と引き結んだ口元は意志の強さを思わせた。
髪はロマンスグレーでオールバックにしている。作業中は邪魔にならないようにポマードで固めているのだと、何かのインタビューで読んだことがあった。

「ネームから少し変えたよ」

「はい。良くなってると思います」

時折、天神と藤本が言葉を交わす以外は、原稿をめくるパラッ……パラッ……という音しか聞こえない。
時間にして数分だろうか。藤本が原稿から顔を上げた。

「最後のセリフの〝切る〟は車にオノの〝斬る〟じゃなくていいですか?」

「ああ……そうだな。斬(ザン)の方にしよう」

「わかりました。他は問題ないかと思います。ありがとうございます」

そう言って藤本は原稿を丁寧に封筒に入れると、その封筒をまた丁寧に専用のカバンに入れた。

「では失礼します。……あんまり長居するなよ、松田」

それだけ言うと、藤本はそそくさと帰ってしまった。

「あっ……」

急に二人きりにされてしまった松田は、途端に心細くなった。今この部屋には、天神旭也と自分しかいない。そう考えるだけで鼓動は急激に早まった。

「あ、あの……これ、お土産のカヌレです」

「カヌレ?」

「あ、あの、ちくわぶみたいなものです!」

野島の説明を拝借したのだが、端折りすぎてしまった。絶対に伝わっていないだろうなと思いつつも、説明を足すタイミングも逸した松田は、つい黙り込んでしまった。シン……と静まり返る応接室。
そんな気まずい数秒の沈黙を破ったのは天神だった。

「話があるって?」

「そうなんです!」

もう言うしかない。松田は意を決して、大きく息を吸いこんだ。

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ

この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。
集英社青年漫画誌『週刊ヤングジャンプ』の公式アカウントです。連載作品の各種最新情報はもちろん、様々な企画や記事も掲載していきます! 公式サイトはこちら:https://youngjump.jp/