
ライジング! 第62回
その日の夜、松田は小柴に飲みに誘われて有楽町に来ていた。小柴と飲むのはかなり久しぶりだった。
「タイヨーここ最近数か月、全然飲んでくれなかったからな」
「すいません。ちょっと忙しくて……」
「忙しいときやピンチのときほど飲みに行くんだぞ」
「あと個人的に禁酒もしていたんですよ。大学の同期と飲んだ時に記憶なくしちゃって。そっから反省してしばらく酒は控えようと……」
「ペースと酒量を守んないからだな。記憶なくすと飲んでたときの楽しさも消えちゃうから損だぞ」
「気をつけます」
そんな話をしながら有楽町を歩いていると、小柴が「ここだよ」と言って少し古びたビルに入って行った。
「ここの二階の〝向月台(こうげつだい)〟って店なんだけどね。過去二回ほど来たことあるんだけど、二回とも貸し切りで入れなかったんだよ。満席ならよくあるけど、貸し切りが二回続くなんて初めてでさ。よっぽど縁が無いんだってテンション上がっちゃって」
「何でテンション上がるんですか!? 変態なんですか?」
「誰が変態だ! 私は至ってノーマルだよ! 飲食店でもベッドでも」
「余計な情報仕入れちゃった……」
松田がテンションを下げていると、小柴は上階に止まっていたエレベーターを「△」ボタンを押して一階におろした。
「事前に予約取ればいいんだけど、もうこうなったら飛び込みで入れるまで頑張ろうって決めたから、今日も予約は取ってないんだよ」
ドアが開き小柴がエレベーターに乗り込んだ。松田も少し緊張しながら後に続く。なんだかやけに狭く感じる。ちょっとばかり古いエレベーターのようだ。最新のものは静かに上下するのだが、このビルのエレベーターは上昇前に「行くよ!」とでも言うように「ガタン!」と音をたて、止まるときは「ついたよ!」とで言うように「ガッタン!」と鳴った。
松田がエレベーターを降りるとすぐに、店の賑わいが聞こえてきた。すぐに店内が一望できる作りになっているのだが、どうやら貸し切りの雰囲気ではない。とはいっても、席が空いているかも微妙だった。
「二人だけど行けます?」
小柴が気合いを入れた様子で尋ねると、女将らしき人が笑顔で言った。
「どうぞ~。何度も足運んでもらってすいません。カウンターでよろしいですか?」
二回入店を断っただけなのに、既に小柴の顔は覚えているようだった。
「勝った……やったぞタイヨー。なんかもう満腹な気分……」
恍惚の表情を見せる小柴について行き、松田も店内へと入って行った。
この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。