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ライジング! 第106回

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何と大将は、残った黄味醤油にイクラを混ぜたものを持って来たのだ。さらに、ふっくら炊きあげられた少量の白ご飯もついてきた。

「ごはんと一緒にどうぞ」

もう出会えないと思っていた黄味醤油が、バージョンアップして帰って来た……。思わぬ再会に感激しつつ、松田は黄味醤油イクラを少しご飯にかけて口に入れた。
次の瞬間――

「……ッ!!」

かつてない衝撃が松田を襲った。想像のはるか上を行く旨さだったのだ。黄味と醤油とイクラの相性はもちろん良いのだが、つけて食べた時にほんの少し流れ出した白身魚の油も最高の風味付けになっている。

「これは凄いな……」

松田は、もはや旨いを通り越した「凄い」という感想が出ていた。横の小柴も唸りながら口を開いた。

「ううむ。確かに凄い。もっと食べたい気もするけど、量もきっとこれぐらいがいいんだろうね。計算し尽くされている」

「さっき計算が大事って偉そうに言いましたけど、完全に素人の戯言でしたね」

「近年稀にみる戯言だったね。今年の戯言オブザイヤーはまちがいなしだよ」

「そこまで言わなくても……。でも序盤でこんな美味しいもの出されたら、この後に期待しちゃいますね。ハードルが上がったというか」

「ここの大将は飛び越えるでしょう」

そんな小柴の予想は的中した。出てくる料理出てくる料理、すべて旨いのだ。
松田が特に気に入ったのはねぎとろ巻きだった。
巻き物といえば、握りが全部出た後に満腹度の微調整のために出てくるもの。そう勝手に思っていた松田だったが、〝かなめ〟では握りより前に出てきた。シャリ薄でねぎとろは多目。どこかゆるく巻かれたような、一見すると不格好とも思えるねぎとろ巻きはしかし、過去に食べたどんな巻き物よりも旨かった。
最初に来るのは海苔の風味だ。緩めに巻かれているのですぐには破れず、少し力を入れて噛むとパンと裂けてネギの香りが鼻に、マグロの濃厚な旨みが舌にやって来る。そのまま噛んでいると米が存在感を増し、ほんのりとゴマのような香りもしてくる。
食材全てが強烈に自己主張をしているのに、まとまり感もある。まるで主役が次々入れ替わる舞台を、口の中で上演しているようだ。

「コシさん、この店凄すぎますよ」

「ここまで美味しい店にはなかなか出会えないな。我々ツイてるぞタイヨー」

「そうですね……」

そう呟いてから、松田は急に暗い顔になった

「でもツイてる反動で、もの凄い不幸がやって来そうで怖いです。どうも最近はそんなことが多くて、幸運を素直に喜べなくなってきてるんですよね……」

「ははっ、アプリのローンチ日に開発会社に飛ばれた私たちだよ? 不幸は先に済ませてるから大丈夫だって」

「そうか、言われてみればそうですよね!」

小柴の言葉に納得した松田は、握りに突入したその後の食事を心行くまで堪能し、自分が不幸を予感していたことすら忘れてしまった。
しかし松田の予感は、不幸にも当たってしまうことになるのだ。

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この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。
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