
ライジング! 第101回
大きなお盆に味噌汁と漬物、そして木製の四角い箱が乗っていたのだ。
「野島さん、これ……弁当箱ですよね?」
「そう。店内でも弁当箱で提供されるんだよ」
「へえ~!」
ふたを開けると、中にはブリの照り焼きとヒレカツが入っていた。自宅では決して同時には出ない二品だ。魚を焼いた香ばしさと、みりんやしょうゆの焦げた香りが混ざった照り焼きの香り。そして脳天を直撃するような豚肉とラードの濃厚な揚げ物の香りが広がった。さらに弁当箱は二重になっており、おかずの乗った上の段を外すと、下の段には海苔が敷きつめられたご飯が出てきた。
「なんかワクワクしますね」
とは言いつつ、松田の食欲はまだ回復していなかった。メンテ未遂事件で意気消沈して、体がまだ食べ物を受け付ける状態ではなかったのだ。
「これこれ。この弁当なんだよな」
野島は食べ物を前に珍しく微笑んだ。
「タイヨーは知らないだろうが、この〝かんきち〟のB弁当が、照鋭社伝統の校了弁当だったんだよ」
「校了弁当?」
耳慣れない言葉に松田は首をかしげた。
「ああ。昔は校了作業は、みんなで同じ部屋に集まってやってたんだよ」
校了は雑誌に載る漫画や記事ページの最終チェック作業のことだ。誤字脱字の修正はもちろん、仮で入れていた写真のサシカエや、更新された情報があった場合には文章を変えたりする場合もある。作業が終わればチェックを入れた校了紙が印刷所に渡され、修正部分を反映させたうえで印刷が行われる。つまり校了は、編集が手を入れる最後の作業なのだ。
「当時はアナログだったから、ライターやデザイナーも同じ部屋で、みんなそれぞれ作業するんだよ。校了ってのはどうしてもギリギリの作業になるんだ。当然メシを食いに行く時間も勿体ない。だから弁当をたくさん注文しておいて、みんながそれぞれのタイミングで食うんだ」
「そうなんですね」
「そのとき、みんなに人気があったのが〝かんきち〟のB弁当だったんだ。当時新人だったオレは、毎月決まった時期に判で押したようにB弁当を食ってたんだよ。不思議と飽きなかったなあ」
野島は昔を懐かしむように微笑んだ。
「……いつしかデジタルでの作業が増えて、校了は別々にやるようになって、B弁当も毎月は食べなくなった。でも、たまに思い出しすと無性に食べたくなる。だからこうして店に来てるんだよ」
そう言って野島は凄い勢いでガツガツと弁当を食べ始めた。松田は胃のあたりをさすってみたが、やはり食欲は復活しない。調子のいいときなら美味しくいただけそうなのに、何でこんな食欲のないタイミングで自分を誘ったんだと野島を少し恨めしく思う。
「どうしたタイヨー、食わないのか」
「今日はいろいろあって、ちょっと食欲が……」
「そうか」
野島は、いくら松田でもさすがにまだ食欲が湧かないかと、食事に誘ったことを反省した。お腹がいっぱいになればテンションが復活する松田だが、食欲自体がないならしょうがない。残したB弁当は、自分が代わりに食べよう。
そんなことを考えていると、野島は自分の過去を思い出した。
この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。