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ライジング! 第29回

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翌日、松田は一人で天神の家に来ていた。いつもは原稿終わりのタイミングで担当の藤本と来るのだが、この日は天神の一週間で唯一のオフ日である金曜日だった。松田の考えとしては、仕事ではなくファンとしてサインを頼みに行くのだから、オフの日がいいだろうと思ったのだ。
サインをもらいに行くこと自体、編集部員なら絶対にしない〝痛い〟行動である。その上オフに自宅に行くなど、言語道断の行為だ。しかし松田は、野島の許可を得ていると思っているので、その行動にためらいはなかった。

「松田です。今日は仕事とは別のお願いがあって来ました」

「あら珍しい。どうぞ入って」

奥さんとはすっかり顔見知りになった松田は、すんなりと家に通された。いつもは玄関から応接室へ行くのだが、その日は天神がいるというリビングへ案内される。

「あなた、お客さんよ」

「……客?」

訝しげに振り返った天神は、松田と目が合うとあからさまに顔をしかめた。

「お前か……休みの日にまでおしかけて来られるとは思ってなかったな」

「いや、違うんです。今日は仕事関係なく、ファンとして来ました」

「ファンだと?」

「はい。実は今まで電子化のお願いをするばっかりで言い出せなかったんですけど、僕は天神作品の大ファンなんです! サインください!」

「サ……サイン――」

色紙を差し出す松田を見て、天神は絶句した。これまで何人ものクセの強い編集部員と仕事をしてきた天神だったが、サインを頼まれたことはなかった。

「休みの日に押しかけて来て、サインをくれだと?」

「はい。大好きなんです、天神先生の作品が!」

あまりにも突飛で急すぎるお願いだ。電子化の許可を得るための、何らかの作戦だろうか……。天神はそう考えたが、松田の態度を見るに他意は無さそうだ。そして天神には、デビューのときに心に誓ったことがあった。目の前でファンからサインをねだられたら、必ず応える。この決めごとは、デビューから三十年以上経った今でも守り続けている。こんなところで記録を途絶えさせてしまうのは忍びない。

「……来い。仕事場で書いてやる」

仕方なく天神はサインを書くことにした。しかし、松田が帰った後に彼の上司に電話をしてたっぷり叱ろうとも思っていた。お前の部下はどうなってるんだ。大事な休日に自宅に押し掛けて来て、サインを頼まれたぞ。そう言ってやるつもりだった。

「仕事場に入るのは初めてです」

後で怒られることも知らず、松田ははしゃいでいる。可哀想に……。そう思いながらも、天神はペンをとった。

「〝マンガホープ〟だっけ? その責任者は誰なんだ?」

電話する相手を確かめるべく、天神は松田に質問をした。

「ヤングホープ編集部の小柴編集長です」

「……マメシバか」

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この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。
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