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ライジング! 第33回

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小柴の自宅は月島にある。東京湾の埋め立て一号地である月島は、歴史を紐解くと比較的新しい街なのだが、どこか下町情緒の香りも漂う不思議な場所だ。小柴はその雰囲気が好きで、家に帰る前に小料理屋で一杯ひっかけることが多かった。

「今日はどこに行こうかな……」

すっかり馴染みになった路地をウロウロと一人寂しく歩く小柴。基本的にはいろんな店を巡ることが好きなのだが、何軒か〝行きつけ〟と呼べる店もある。松田と野島に飲みを断られ、ちょっぴり寂しかった小柴が足を向けたのは、そんな行きつけの中の一つ。料理上手の母娘が切り盛りする〝若林〟という小料理屋だった。

「あら小柴さん、お久しぶり。どこで浮気してらっしゃったの?」

髪を赤く染めた和服姿のお母さんが、小柴の顔を見て驚いたような仕草を見せた。店を訪れるのがひと月以上開くと、お母さんは必ず「久しぶり」という言葉を使う。小柴はこの嫉妬とも嫌味ともとれる「久しぶり」の言葉を聞くのが好きで、あえて一か月以上間を開けてこの店に来るようにしていた。
お母さんが差し出すおしぼりを受け取り、小柴は定位置であるカウンターの右端の席に腰を下ろした。

「いや~、何かと付き合いも多くてなかなか来られなくて」

「本当かしら?」

お母さんが小首をかしげる。その仕草が妙にあだっぽい。年齢は決して聞けない雰囲気だが、六十代ぐらいだろうか。しかし醸す出す雰囲気は、どこまでも若々しかった。

「瓶ビールでいい?」

お母さんにそう聞かれている最中に、厨房にいた娘さんが瓶ビールとグラスをもってやってきた。そしてカウンターの向こうから手を伸ばしてビールを注ぐと、娘さんはまた厨房へと戻って行った。

「いただきます」

小柴は、きめ細かな泡で蓋をされた黄金の液体を呷った。すると、手を動かしながらお母さんが言う。

「……小柴さんちょっと寂しそうね。後輩に飲みの誘いでも断られたのかしら?」

「ッガホッ!」

思わずむせ返る小柴。お母さんは「あら大丈夫」と言いながら、新しいおしぼりを持ってきた。何か適当なことを言ってごまかそうかと思った小柴だったが、嘘はすぐ見抜かれてしまいそうだ。

「図星ですお母さん。若いのに振られちゃったんですよ。今日は一人寂しく……って感じです」

すると、うす暗い店の奥からしわがれた声が聞こえてきた。

「おれがいるぞ、コッシー」

「ああ、ダイちゃん。いたの?」

「ずっといたよ」

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この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。
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