ライジング! 第73回
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ライジング! 第73回

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三月一日。
本来であれば〝マンガホープ〟がリリースされていた日の夜遅く、松田は一人で皇居の外周を歩いていた。仕事終わりに神保町で一人飲んだのだが、なんとなく帰りがたく、かといって一人で二軒目に行く気にもならなかったので、酔い覚ましを兼ねて自宅のある築地まで歩いて帰ることにしたのだ。
時間は深いのだが、時折皇居外周を走る、いわゆる皇居ランナーとすれちがう。皇居の外周は約五キロなので、何キロ走ったかの計算がしやすい。さらに道路は適度に広く綺麗に舗装され、何より皇居という場所柄、一定間隔で警官が立っているので安心感もある。世界一安全なランニングコースだ、と言い切る人もいるぐらい走りやすいのだ。
東京駅を左に見て、祝田橋を渡った所で左に折れる。晴海通りをまっすぐ歩けば、ほどなく築地にたどり着く。
日比谷公園を超え、街が一気に都会的になって来たところで松田は銀座に寄ろうかと考え始めていた。小柴と何度か行っているバー〝惑〟で一杯ひっかけて帰るのもいいかもしれない。
そうなると足取りも少し軽くなってくる。松田は早歩きで数寄屋橋の交差点を越えると、華やかな銀座の街へ足を踏みいれて目的の店の前に来た。しかし――

「あらら……」

あいにくお店は閉まっていた。がっかりした松田だったが、銀座を歩いただけでなんだかちょっと元気になっていた。街の人々の活気を吸収でもしたのかもしれない。
まあいい、今日は大人しく帰ろう。そう思って元来た道を引きかえそうとしたそのとき、松田の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「もーちょっと先まで見送ってよママ~! ほら、タクシー乗り場まででいいから~!」

声の元に視線をやると、そこにいたのは何と氷上だった。
〝マンガホープ〟のバグ修正作業で忙しい筈の氷上が、何でこんな所で呑気に飲んでいるのか。しかもきれいな女性まで横にいる。無性に腹が立った松田は、嫌みの一つでも言ってやろうと氷上の元へ行こうとした。しかし次の瞬間、松田は信じられないものを目にした。

「ま~ま~氷上さん、今日はもういいでしょ。靖香ママも忙しいんだから」

氷上と親し気に肩を組んでそう言っていたのは、何と夢岡だった。
松田はとっさに足を止め、自分でもなぜそうするのかわからないまま物陰に隠れた。キャッチの黒服が不思議そうに松田を見ている。

「しゃーねーな。じゃあまた今度ね靖香ママ。……よし夢岡、もう一軒行くか!」

「また奢らせるんですか~? もう今日は良いでしょ」

「よくない! オレがお前らに何をしてやったか忘れたのか!」

「……しょうがないっすね~」

そんな会話をしながら二人は去っていった。その場に残された松田は、物陰に隠れたまま固まっていた。あの二人はどこで知り合ったのだろう。そしてどうして自分はとっさに隠れてしまったのだろうか。

「あの……お兄さん……もう一軒どうですか?」

一応……という感じで誘って来たキャッチを断り、松田は立ち上がった。
そして嫌な思いを振り切るように、早足で家路を急ぐのだった。

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この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。
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