
ライジング! 第43回
「そうだ、良かった今からうちの開発現場ご覧になりますか? 作業に入ると、なかなかそういったことも出来なくなると思うので」
氷上の提案に、菅は「いいですね」とすぐに乗ってきた。一方小柴は、申し訳なさそうに手を合わせる。
「すいません。私と野島はこれから別件の打ち合わせがありまして。タイヨーはどう?」
「伺いたいです」
「ではぜひ来てください!」
こうして松田は、菅と共にEセサミへ見学に行くことになった。
一昔前まではIT系の会社は六本木や渋谷に会社を構えることがステータスだったのだが、近頃は五反田に集まっているらしい。Eセサミも例に漏れず、五反田に会社があった。
松田は五反田駅の改札を抜け、氷上の案内で街を歩き始めた。会社が多いせいか、駅前は飲食店がひしめき合っていてどこか雑多な雰囲気だ。しかし五分も歩くとマンションやオフィスビルが目に付くようになってくる。
Eセサミは、そんな街並みの中に堂々とオフィスを構えていた。
「どうぞ、こちらです。作業部屋は幾つかあるんですが、うちのチームはこの部屋で開発をしています」
氷上の案内で、松田と菅はEセサミの部屋に通された。パーソナルスペースを広く取った配置で机とパソコンが置かれ、互いの視線が合わないように衝立や観葉植物が置かれ、部屋には環境音楽がうっすら流されている。しかし、パソコンの数に対して、作業している人が極端に少なかった。作業中の人も、どこかだらけた雰囲気だ。
「優雅な感じですね」
気を遣ってそう言った松田に、氷上は苦笑いをした。
「人もいないし、活気もないですよね。お恥ずかしい限りです。でも〝マンガホープ〟の作業に入れば、かなり騒がしくなりますよ!」
「いや、そういう意味で言ったわけじゃ……」
「いいんです。気になさらないで下さい。この現状も見て頂こうと思って、今日はお誘いしたんです」
氷上は真剣な様子で松田と菅の顔を交互に見た。
「正直、自分はここ数年ろくに仕事をしてきませんでした。そして、その現状に不満を持ちながら、何もしていませんでした。その結果が、活気のない今のこの部屋みたいなものです。そんな時に菅さんにお話をいただいて。これは自分に残された最後のチャンスだと思うんです! だから、精一杯やらせていただきます!」
目にうっすらと涙を浮かべ、氷上は菅と松田の手を取った。菅は氷上の手をギュッと握っているようだ。松田も釣られて手に力を籠める。
「一緒に頑張りましょうね、氷上さん」
会議中に心の中で思ったことを、松田は口に出して言っていた。
この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。