連載小説

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ライジング! 第62回

ライジング! 第62回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ その日の夜、松田は小柴に飲みに誘われて有楽町に来ていた。小柴と飲むのはかなり久しぶりだった。 「タイヨーここ最近数か月、全然飲んでくれなかったからな」 「すいません。ちょっと忙しくて……」 「忙しいときやピンチのときほど飲みに行くんだぞ」 「あと個人的に禁酒もしていたんですよ。大学の同期と飲んだ時に記憶なくしちゃって。そっから反省してしばらく酒は控えようと……」 「ペースと酒量を守んないからだな。記憶なくすと飲んでたときの

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ライジング! 第61回

ライジング! 第61回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ それは、アプリ作成が順調だということを説明する資料だった。実際にはできていない部分を「こういう感じに動きます」と説明する、いわば張りぼての資料だ。これを見せれば、打ち合わせは切り抜けられるかもしれない。しかし、現に開発は進んでいないので、その場しのぎにしかならないだろう。 「こんな資料作ってるヒマあったら、もっとプログラミング作業を進めるべきじゃないですか!」 「うるさい! いいから黙って作れ。あとお前、そんなに仕事が好きなら管

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ライジング! 第60回

ライジング! 第60回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ Eセサミの新人プログラマー、郡家は不安なまま新年を迎えていた。チームに入って作業している青年漫画アプリ〝マンガホープ〟の完成が、一向に見えてこないのだ。納期に対して作業量が膨大で、ちゃんと時間内に完成させるには年末年始も休んでいる場合ではなかったのだが、プロジェクトリーダーの氷上の指示で、チーム全員がしっかりと正月休みをとっていた。 何人かは氷上に作業が遅れているのではないかと質問していたのだが、氷上は全く焦らず「大丈夫だ」というだ

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ライジング! 第59回

ライジング! 第59回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ 小柴が壇上に呼んだのは、若手漫画家の御村ミームだった。御村は、突如として顔面がアヒルになってしまった男子高校生の日常を描く『あいつアヒル田!』をヤングホープに連載中の人気作家だ。 「御村先生、ご自身のTwitterアカウントで〝マンガホープ〟のことを呟いていただけないでしょうか! できれば今すぐ!」 「え、今ですか? でも、なるほど……面白そう。ちょっとやってみますね」 「ぜひお願いします」 御村は元々Twitterで漫画を

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ライジング! 第58回

ライジング! 第58回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ 宴もたけなわ。禁酒中の松田も「勧められた酒はノーカン」のルールのもとでワインを何杯も飲んでいた。空のグラスを持っていると、ボーイさんが「いかがですか?」とおかわりを勧めてくれるからだ。これは松田の解釈では「勧められた酒」の範疇に入る。だから飲んでもノーカンなのだ。ルールがガバガバすぎるが、松田自身がルールブックなのだから仕方がない。 ワイン片手に次の一杯を勧めてくれる人を待っていると、野島が近づいてきた。 「タイヨー、コシさんが呼

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ライジング! 第57回

ライジング! 第57回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ 「デジタル開発部の松田くんだよ。マメシバの差し金でうちにしつこく訪ねて来て、私の作品を電子化させてくれって頼んだ子だよ」 「ああ。キミがあの」 高津は意味ありげな視線を送り、松田のウーロン茶を取りあげて代わりに自分が持っていたワイングラスを渡してきた。 「よし、もう顔は覚えたぞ。今日は楽しめ、松田」 「は、はい」 「じゃあな。たまには家に遊びに来い。妻がお茶をする相手がいないって寂しがってる」 天神と高津が去

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ライジング! 第56回

ライジング! 第56回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ 師も走るほど忙しいと言われている師走だが、出版社も師に負けず劣らず忙しくなる。年末年始は印刷所を含めた業界全体が休みに入るので、十二月前半に作業を前倒しして行うからだ。このスケジュールは〝年末進行〟と言われ、特に雑誌編集者はあわただしい時間を過ごすことになる。そんな中、二十日を過ぎた辺りから忙しさは一気に緩やかになり、年末年始は長期休暇を取りやすいのが週刊漫画誌編集部の特徴ともいえる。 そんな十二月の最終週、ヤングホープやグランド

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ライジング! 第55回

ライジング! 第55回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ 「いただきます!」 松田は油あげを少し脇によけつつ、うどんに箸をくぐらせた。麺を持ち上げるとボワっと湯気が立ち、一瞬だけ視界が閉ざされる。少し冷ました方がいいと思うのだが、もう我慢できない。松田はやけども恐れず一気に「ズババババ!」とうどんを啜った。 出汁をまとった、なめらかな舌触りのうどんが口にスルスル入って来る。噛むと麺はコシがありもっちりとしていて、小麦の香りもふんわりしてくる。 大量に口の中に入れたはずなのだが、麺は何のス

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ライジング! 第54回

ライジング! 第54回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ (そうだ……そうだよ!) 松田は確信した。 きっと野島は、待つことの楽しさを教えてくれたのだ。 ついさっき自分は、ローンチ日が迫って来る心境を「導火線に火がつけられて、爆発するのを待っているようだ」と言った。待っているのが破滅だと決めつけてそう言ったのだ。しかし、本来開発者にとってアプリローンチ日は、楽しみな日であるはずなのだ。 野島はそれを思い出させようと、行列に並ばせたのではないだろうか。 「次、四名様どうぞ~」 また自分

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ライジング! 第53回

ライジング! 第53回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ 実は食欲のなかった松田だったが、野島の話を聞いた後ではそんなことは言い出しにくかった。気にかけてくれた野島のためにも、嘘でも食欲のある振りをしなければ、という謎の使命感が松田の口を動かす。 「えっと、栄養満点でガツンとパンチが効いてて……でもあんまりヘヴィーじゃないものがいいです」 「……そんな食い物あるか?」 後半につい本音が出てしまい、野島を困惑させることになってしまった。これではまるで、一休さんに無理難題を押し付ける将軍

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