連載小説

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ライジング! 第34回

ライジング! 第34回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ ダイちゃんは、小柴がこの店で知り合った常連仲間だ。年齢は七十代くらいで、いつも定位置の奥の席でひっそりと飲んでいる。小柴が最初に会ったときは、うす暗い店の奥で茶色い服を着てニット帽をかぶり、小さな体をさらに縮こまらせ、ほぼ体を動かさずにそっと飲んでいた。視界の隅でしか捉えていなかった小柴は、最初は店の備品のワインセラーか何かだと思っていたぐらいだ。 「お母さん、ダイちゃんに何か一杯」 「いいの? いただきま~す」 ダイちゃんの

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ライジング! 第33回

ライジング! 第33回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ 小柴の自宅は月島にある。東京湾の埋め立て一号地である月島は、歴史を紐解くと比較的新しい街なのだが、どこか下町情緒の香りも漂う不思議な場所だ。小柴はその雰囲気が好きで、家に帰る前に小料理屋で一杯ひっかけることが多かった。 「今日はどこに行こうかな……」 すっかり馴染みになった路地をウロウロと一人寂しく歩く小柴。基本的にはいろんな店を巡ることが好きなのだが、何軒か〝行きつけ〟と呼べる店もある。松田と野島に飲みを断られ、ちょっぴり寂し

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ライジング! 第32回

ライジング! 第32回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ 天神旭也が自作の電子化を許可してから数か月。青年漫画アプリ〝マンガホープ〟の詳細設計は、佳境を迎えていた。漫画アプリとしてのスタンダードな機能は入れ込みつつ、最初の段階で提案した膨大なアイデアをブラッシュアップして削ぎ落していく。最大のポイントは、ユーザーがいかに使いやすいかだ。 数十回の打ち合わせを経て、設計図はかなり形になって来た。 「では本日の打ち合わせを終わります」 菅の締めの言葉の後すぐ席を立った松田に、小柴が声をかけ

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ライジング! 第31回

ライジング! 第31回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ 「よくやった! お手柄だ!!」 小柴はそう言うと椅子から立ち上がり、おもむろに松田の手を取ってブンブンと上下に振り始めた。 「昨日の今日で結果を出すとはな」 野島もそう言って松田の肩をバシバシ叩く。 「ちょ……なんなんですか!? 痛いです! 落ち着いてください!」 「これが落ち着いていられるか! あの天神旭也先生が、作品の電子化を許可してくれたんだぞ!」 その言葉をきっかけに、ヤングホープ編集部と、その隣のグランドホープ

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ライジング! 第30回

ライジング! 第30回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ マメシバとは、新人時代に付けられた小柴のあだ名だ。語源は小さい柴犬の豆しば。ちょこまかと動き、人懐っこい反面、マイペースで頑固な一面もあり、手懐けるのが難しい。そんな豆しばに性格が似ていたので、苗字をもじってマメシバと呼ばれるようになったのだ。しかし、小柴より年次がかなり上の人間しか使わないあだ名なので、現在小柴をマメシバと呼ぶ人間はごくごく限られていた。 「まめしば……ってコシさんのことですか?」 「ああ。あいつを昔から知って

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ライジング! 第29回

ライジング! 第29回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ 翌日、松田は一人で天神の家に来ていた。いつもは原稿終わりのタイミングで担当の藤本と来るのだが、この日は天神の一週間で唯一のオフ日である金曜日だった。松田の考えとしては、仕事ではなくファンとしてサインを頼みに行くのだから、オフの日がいいだろうと思ったのだ。 サインをもらいに行くこと自体、編集部員なら絶対にしない〝痛い〟行動である。その上オフに自宅に行くなど、言語道断の行為だ。しかし松田は、野島の許可を得ていると思っているので、その行動

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ライジング! 第28回

ライジング! 第28回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ 最近明らかに悩んでいる様子だった自分を、ご飯に誘ってくれた野島。きっと悩みを聞いてくれたり、いいアドバイスをくれたりするのだと思っていたら、会話すらできないような店に連れて来られた。それでガッカリしていたのだが、実はこの店に連れてきたのには理由があったのではないだろうか。 厨房には手を休めずに黙々と仕事をするコックさんがいる。 (野島さんが僕に見せたかったのは、このコックさんの姿だ!) 松田は自分の立場を、厨房にいるコックさんに

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ライジング! 第27回

ライジング! 第27回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ (で……でかい!) お皿の真ん中にどーんと鎮座したエビフライは、松田の想像をはるかに超える大きさだった。 普段幕の内弁当で見慣れているエビフライとはまるでスケールが違う。人間でいうと大人と子供ほどの違いだ。しかも、まとった衣もパン粉を荒くひいているのか塊が大きく、燃え盛る炎のような荒々しさだ。 その巨大エビフライは、お皿を左右に分かつようにど真ん中に置かれている。右には、おろししょうがのタレがよく絡んだしょうが焼き。左には山盛りの

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ライジング! 第26回

ライジング! 第26回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ 野島が選んだ店は洋食屋の〝ジェラルド〟だった。ご飯でも食べながら、悩みを聞いてやろうと思っていたのだが、店員さんに「席は別でいいですか?」と聞かれたときに野島は思わず「はい」と答えてしまっていた。〝ジェラルド〟は人気店で、混雑時にまとまった席を確保するのは困難だ。そのため、お客さんが二人以上で来店した場合は、店員が許可を取った上でバラバラに座ってもらう場合があった。 もちろん、並びの席があくまで待つこともできたのだが、野島はいつもの

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ライジング! 第25回

ライジング! 第25回

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ 「――で、アップルパイとカヌレを食べて帰って来たと」 「はい……」 照鋭社に戻って来た松田は、ヤングホープ編集部で天神家訪問の顛末を小柴と野島に話していた。 「にしても天神先生もなかなか強情ですね、コシさん」 「そうだな。でもよくやった方だぞタイヨー。アップルパイとカヌレを食べられたわけだし。カロリー的にはプラスだ」 独特ななぐさめ方をする小柴だったが、松田の肩は落ちたままだ。 「でも、〝マンガホープ〟にとって大事な交渉

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